賃料を増額するための条件とは?請求の流れや注意点をわかりやすく解説 

アパートやマンションの賃貸経営をしている方の中には、賃料(以下、地代と賃料を併せて単に「賃料」と言います)を上げたいと考える方もいるでしょう。 

しかし、賃料を増額するためには一定の条件を満たす必要があります。また、賃料を増額すると賃借人に負担がかかり、不満が出ることも予想されます。 

本記事では、賃料を増額するための条件を分かりやすく解説します。賃料増額を行う際の請求の流れや注意点についても紹介していますので、今後の不動産経営にお役立てください。 

賃料を管理する必要性 

賃貸物件のオーナーにとって、賃料の適切な管理は重要な業務の一つです。適切な賃料管理を行うことで、賃貸経営を円滑に進められて、賃貸経営の長期的な成功につなげられるでしょう。 

賃料を管理する必要性を、以下の4つの観点から説明します。  

  • 利回りの確保 
  • 資産の活用 
  • 相続税の納税 
  • 明け渡し・売却交渉の準備 

それぞれの項目を順番に詳しく解説します。 

利回りの確保 

賃料管理の一環として、賃料の増額を確実に行うことで、土地や建物の価値に対して適正な利回りを確保できます。ケースによっては、固定資産税や都市計画税などの納税額を大幅に上回る収入の確保も期待できます。 

資産の活用 

賃料を適正に管理することは、賃貸管理の基本です。賃料が低い状態のまま放置するなど賃貸管理が甘くなると、賃借人による賃料滞納、無断での増改築や転貸などの契約違反を誘発するおそれがあります。賃料を適正に管理することで、これらの問題を防ぐことが可能です。 

また、適切な賃貸管理を行うことで、貸地や貸家の返還をスムーズに受けられたり、賃借人に対して底地や敷地を売却することが容易になったりするケースもあり、資産の有効活用につながります。 

相続税の納税 

相続税の納税のために貸地を物納するには、賃料が適正である必要があります。そのため、貸地を相続する際には、賃料を適正な額に増額しておくことが重要です。 

明け渡し・売却交渉の準備 

賃借人から貸地や貸家を明け渡してもらいたい、または賃借人に貸地の底地や貸家の敷地を売却したい場合、賃借人と直接交渉すると不利になることがあります。 

このような場合、まず弁護士を通じて賃料増額の請求を行い、将来的に適正な賃料に増額する意向を示します。その上で、賃借人に明け渡しや土地の買い取りの意向がないか探る方法を取ると、交渉がスムーズかつ有利に進むことがあります。 

賃料の増額ができるケース・条件 

賃料は、当事者間の合意によって、 自由に賃料を増額できるのが原則です。 

しかし、賃料増額の合意が成立しない場合には、建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃貸借と、建物の賃貸借を適用範囲とする借地借家法において、地代・土地の賃料の増減請求(同法第11条)および、建物の賃料の増額請求(同法第32条)が認められています(以下、双方をまとめて「賃料増減請求」といいます)。 

ここからは、賃料増額請求ができるケース・条件を、「貸地」と「貸家」の場合に分けて解説します。 

貸地の場合 

貸地の賃料増額請求を行うためには、以下の2つの要件を満たす必要があります。  

要件  補足 
地代が不相当に低くなったこと  借地借家法第11条では、地代が不相当となる事情として以下の3つを挙げています。 

 

  • 土地に対する租税その他の公課の増大 
  • 土地の価格の上昇その他の経済的事情の変動 
  • 近隣の類似土地の地代等との比較 
不増額特約がないこと  不増額特約とは、一定期間、地代を増額しない旨の特約のことです。 

貸家の場合 

貸家の賃料増額請求を行うためには、以下の2つの要件を満たさなければなりません。  

要件  補足 
家賃が不相当に低くなったこと  借地借家法第32条では、家賃が不相当となる事情として以下の3つを挙げています。 

 

  • 土地や建物に対する租税その他の負担が増大した場合 
  • 土地や建物の価格の上昇その他の経済状況の変動 
  • 近隣の同じような建物の賃料との比較 
不増額特約  貸地の賃料増額請求を行う要件と同様の内容です。 

賃料増額を行う請求の流れ 

賃料増額の請求を行う際の基本的な流れは以下のとおりです。  

  1. 賃料増額に関する書面の送付
  2. 当事者の協議
  3. 調停手続
  4. 訴訟手続
  5. 和解協議 

 それぞれのステップで行われることを中心に順番に解説します。 

賃料増額に関する書面の送付 

賃料増額の請求は、相手方である賃借人に対する意思表示によって行います。この意思表示は口頭でも構いませんが、将来的に証明が難しくなることが多いです。そのため、書面での通知が一般的です。 

一般的に、内容証明郵便を使って通知する方法が利用されます。これにより、賃料増額の意思表示をしたことを確実に証明できます。 

当事者の協議 

賃料増額の額請求に関する意思表示をした後、賃貸人と賃借人の間で賃料増額について話し合います。双方が協議して新しい賃料に合意できれば問題ありません。しかし、多くの場合、賃借人は賃料の増額に強く反対するため、合意が成立しないことが多いです。 

調停手続 

当事者間の協議が進まない場合には、訴訟手続を行うことになります。ただし、いきなり賃料増額の訴訟を起こすことはできません。まずは、賃料増額の調停を申し立てる必要があります。 

調停では、裁判所の調停委員を通じて、賃料増額の請求に関して当事者間の話し合いが進められます。調停でも合意に至らない場合は、訴訟手続きに移行します。 

訴訟手続 

調停が不成立に終わった場合、賃貸人は賃借人を被告として賃料増額を求める訴訟を提起することになります。訴訟手続では、賃貸人と賃借人の双方が適正な賃料額について主張し、それを裏付ける証拠を提出します。 

ここで提出される証拠としては、不動産鑑定士が作成する鑑定意見書が重要になります。この書類を提出することで、それぞれが考える適正賃料額の根拠を示します。多くのケースでは、裁判所が選んだ不動産鑑定士による公的鑑定が実施され、その結果を基に裁判官が適正な賃料額を認定します。 

なお、賃料増額請求の訴訟を申し立てる際に使用される訴状の書式フォーマットは、裁判所の公式HPからダウンロードできます。 

参考:裁判所「賃料増(減)額請求」 

和解協議 

すべての訴訟の事案が裁判所の判決に至るわけではありません。賃料増額請求の訴訟では、多くの場合、判決の前に裁判所の仲裁による和解協議が行われます。和解協議を通じても賃料額の調整ができない場合にのみ、判決手続に進むことになります。 

増額できる賃料の目安 

現行の賃料から増額される賃料は、適正な額でなければなりません。本章では、増額できる賃料の目安を把握する上で役立つ情報をお伝えします。 

新規賃料と継続賃料の違い 

適正賃料を計算するためには、継続賃料と新規賃料の違いを理解しておくことが重要です。 

賃料増額請求の要件を満たしている場合、現在の賃料を適正な賃料額まで引き上げることができます。しかし、この適正賃料は、現在新しく貸し出す場合の相場賃料(新規賃料)とは異なります。  

賃料増額の適正賃料を算出する際には、既に賃貸人と賃借人が賃貸借契約を締結していること、そして賃借人が現在の賃料が維持されることを期待していることが考慮されます。 

したがって、賃料増額の適正賃料は、現在の賃料を基にして、現在までの事情の変更を踏まえて算出される賃料(継続賃料)を意味します。 

適正賃料の計算方法 

適正賃料の計算方法としては、積算 (利回り)方式、 スライド方式、 差額配分方式、 賃貸事例比較方式、 総合方式などが挙げられます。下表に、それぞれの概要をまとめました。  

適正賃料の計算方法  概要 
積算 (利回り) 方式  計算式は以下のとおりです。 

 

  • 基礎価格×期待利回り+必要経費 

 

基礎価格は、 更地価格から借地権価格又は借家権価格を控除した価格による場合がほとんどです。期待利回りは、 法定利率によるものと現実的な利回りによるものとに分かれます。必要経費には、 公租公課、 管理費などが含まれます。 

スライド方式  計算式は以下のとおりです。 

 

  • (従前の支払賃料-従前の支払賃料決定時の必要経費) ×変動率+改定時の必要経費 

 

変動率は、 土地及び建物価格の変動、 物価の変動、 所得水準の変動等を示す各種指数を総合的に勘案して決められます。 

差額配分方式  計算式は以下のとおりです。 

 

  • 従前の支払賃料+ (適正賃料-従前の支払賃料) ×1/2~1/3 

 

適正賃料は、 「積算 (利回り) 方式」で算出されるものを用いるのが基本です。 

賃貸事例比較方式  近傍類似の借地又は借家の賃貸事例における実質賃料 (実際支払賃料に権利金、 敷金等一時金の運用益を加えたもの) と比較して賃料を求める方式です。 
総合方式  ここまでに紹介した複数の方式に基づいて試算した賃料を総合的に比較勘案して、 適正な賃料を求める方式です。判例の約半数でこの方式が採用されています。 

賃料増額の請求を行う時の注意点 

賃料増額の請求を行う際は、以下の点に注意しましょう。  

  • 定期的に賃料増額の請求を行っておく 
  • 裁判所による公の鑑定でなるべく多くの情報を提出する 
  • 賃料不増額特約があれば賃料増額請求できない 
  • 駐車場契約では賃料増額請求できない 
  • 家賃値上げの覚書にも法的効力はある 
  • 法的トラブル回避のために弁護士への相談を検討する 

それぞれの注意点を順番に詳しく解説します。 

定期的に賃料増額の請求を行っておく 

数年に1回程度、定期的に賃料増額の請求をしておくことが大切です。 

従前賃料の額が低い場合や増額請求額が低額の場合、 裁判上の手続をとると手続費用との関係で採算が合わないというケースが起こり得ます。 こういう場合でも、少なくとも賃料増額通知だけは内容証明郵便でしておくことが懸命です。 

これにより、後で数回の賃料増額分をまとめて裁判上で請求できるようになります。 

裁判所による公の鑑定でなるべく多くの情報を提出する 

裁判上、 賃料増額請求をする場合、 裁判所は当事者の申立によって賃料の鑑定を行うのが通常です。 この裁判所が行う公の鑑定において、 公平な結果が出るよう、 なるべく多くの情報を裁判所に提出しておくことが大切です。 事前に私的な鑑定書を証拠として提出しておくのも、選択肢の一つです。 

ちなみに、 裁判所が行う公の鑑定に要した費用については、 賃料増額が認められた場合には、 その全部又は一部を相手方に負担させられます。 

賃料不増額特約があれば賃料増額請求できない 

賃貸借契約書には、「一定期間は賃料を増額しない」という特約が含まれていることがあります。この特約がある場合、その期間内は賃料の増額を請求できません。 

賃料を増額したい場合は、まず賃貸借契約書に賃料不増額特約があるかどうかを確認しましょう。 

駐車場契約では賃料増額請求できない 

借地借家法に基づいて賃料増額請求を行うためには、その賃貸借契約が借地借家法の適用を受ける必要があります。 

土地の賃貸借契約では、建物の所有を目的とすることが借地借家法の適用要件です。そのため、駐車場の賃貸契約など建物所有を目的としない場合には、借地借家法に基づいて賃料増額を請求できません。その場合、賃借人との合意による賃料増額を目指すことになりますので、誠意を持って交渉することが大切です。 

家賃値上げの覚書にも法的効力はある 

家賃値上げの覚書は、当事者双方の合意を証明するための書類であり、契約書と同様に法的な効力を持ちます。 

覚書を作成する際には、特に以下の点に注意が必要です。  

  • 契約書の名称、覚書を交わした日付、変更点を記載すること 
  • 当事者双方が変更内容に合意している旨を明記すること 
  • 当事者双方が署名し、押印すること 

ちなみに、法律上では、当事者が合意した時点で契約は成立します(民法522条1項)。一定の場合を除き、書面に残す必要はありません(同法同条2項)。しかし、後に紛争が起こらないように、合意内容を証明するために契約書として書面に残すのが一般的です。 

そのため、覚書においても当事者の署名や押印は法律上必須ではありませんが、合意の証拠を残すためには、署名・押印しておくことが望ましいでしょう。 

法的トラブル回避のために弁護士への相談を検討する 

不動産オーナーの方は、賃料の増額だけでなく、賃料の不払い、建物の明け渡し請求、近隣住民からの苦情など、様々なトラブルに巻き込まれる可能性があります。  

不動産管理会社と契約している場合、住民トラブルについてはある程度対応してもらえるものの、法的なトラブルが発生した場合に対応できるのは弁護士だけです。 

不動産経営に関するリスクに適切に対応するためには、顧問弁護士の利用をおすすめします。顧問弁護士がいれば、賃料増額の請求だけでなく、未払賃料の回収や賃料滞納を理由とした建物の明け渡し請求などの法的手段を迅速に取ることが可能です。 

また、賃貸借契約書や重要事項説明書のチェックも行えるため、将来発生しうるトラブルを最小限に抑えることが可能です。 

賃料増額の請求に関する事例 

賃料増額の請求に関する事例を3つピックアップしてご紹介します。 

裁判で賃料増額の請求が認められた事例1 

本件の事例(東京高判平成20年4月30日)では、商業ビルの1フロアの賃貸借契約について、契約締結時から経済事情は賃料増額の方向に変動していませんでした。  

しかし、賃貸借契約を結んだ当初、賃貸人が賃借人の事情を考慮して他のテナントよりも低額の賃料を設定し、その後3年後に賃料増額を要請していたことを考慮して、裁判所は従前の賃料月額58万3,800円から月額89万2,000円(約53%増)という大幅な増額を認めました。 

本件事例では、契約締結時に特別に低額な賃料としたこと、そしてその3年後に増額を要請したことが、大幅な増額が認められた決め手となっています。 

裁判で賃料増額の請求が認められた事例2 

本件事例(東京地裁判決平成29年10月11日)では、住居用建物の賃貸借契約について、被告が経営する料理店の客であった建物所有者が、経済的余裕のない被告に配慮して低い賃料で建物を貸していました。しかし、後に賃料が増額されることを特約で想定していたため、裁判所は賃料を月額10万円から13万9,000円(39%増)に引き上げることを認めました。 

裁判所の鑑定では、差額分配方式、積算(利回り)方式、スライド方式の3つの手法で実質賃料の試算を行い、積算(利回り)方式とスライド方式の試算を重視して、月額13万9,000円が適正な賃料であると判断しました。 

本件事例では、被告である賃借人と賃貸人との個人的な関係および被告の経済状況を考慮して低い賃料が設定されていたことが、賃料を大幅に増額する決め手となりました。 

裁判で賃料の大幅な増額が認められなかった事例 

本件事例(東京地裁判決昭和55年2月13日)では、家賃増額請求事件について、裁判所は適正賃料が契約賃料の14倍以上であると認定しました。しかし、裁判所は従来の賃貸関係などを考慮し、増額を契約賃料の8倍に留める判断をしました。 

裁判所は、被告である賃借人が高齢で経済的に厳しい状況であることを考慮し、適正賃料の14倍以上に増額することは被告にとって過酷であるため、8倍の増額に留めると判断しました。 

本件事例から、裁判所は賃料増額を認める際に、賃借人の経済的な限界にも配慮することがあることが分かります。 

賃料増額のまとめ 

要件を満たした状態で賃料増額請求を行えば、賃料の増額をすることが可能です。 

ただし、賃料増額請求は賃借人からの反発も予想されますので、慎重に進めていくことが大切です。 

話し合いで解決できない場合には民事調停や民事裁判などの法的手段が必要になりますので、賃料の増額をお考えの方は、弁護士法人M&A総合法律事務所にご相談ください。